Aho Mitakue Oyashin !! Ho oponopono !! Native Yamato -kairindian's blog!!- このブログは成田浬(カイリ)本人が書いています。勝手ながら記事へのコメントは承認制にしております。


by kairindian "indian_joe714"

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kairindian's・・・

2011、3、11・・・
東日本大震災により被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。

また、この震災で失われてしまいました多くの方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。



この未曾有の大震災、並びに終息の見えない福島第一原発事故による多大な被災は、現在の日本・人類・世界への、地球や太陽系からの強烈なメッセージと受け止めております。


先ず、第一に放射性物質拡散に依る二次被害の収束、そして一日も早い東北・東日本の復興を願い、そして地球や太陽系の望む、未来の日本・人類・世界の「真の幸福」のために、役者・ナレーター・講師として、何より人として、微力ながら出来る事をして参る所存です。


2011、5、31
kairindian


『人の都合より自然の摂理を尊重し、地球を母、動物・植物を兄姉と敬い、大いなる神秘との出会いの為に。』


大いなる必然の神秘と出会う旅。。。


みんなが幸福になること。

大切なのは、みんなが幸福になること!

ーkairindianー

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カテゴリ:復興支援( 13 )

ご報告ー気仙沼支援物資搬送を終えてー

大変遅くなってしまいましたが、
以下に今回の気仙沼支援物資搬送に関しての報告をアップ致します。

文量が多くなってしまいましたので、何日にも渡って書いておりました。
言葉使いがおかしく、文脈が重複している様な箇所もあり、
読み憎いかもしれませんが、ご容赦下さい。

また、後から一日ごとにアップするのもどうかと思いましたので、
まとめてのアップに致しました。

長くてお疲れになるかもしれません。





被災地の皆様、被災地以外でも様々な影響を受けている皆様、
1日も早く元の生活に向けて復旧しますようお祈り申し上げます。

数多の犠牲者の方々、心よりご冥福をお祈り申し上げます。


また、この度の急遽決まりました救援活動にご賛同いただき、
多くの支援物資、義援金のご協力をたまわりまして
誠にありがとうございました。


以下に、今後の追加支援・新たなボランティア活動を検討されている方々に、
少しでも活かせる情報になれば・・・と思い、
今回の行程をなるべく細かくご報告させていただきたいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3月18日(木)

このまま何もせずに指をくわえて、対岸の火事では済ませられない。
何か、何か出来る事を模索していました。

NPO法人CARE-WAVEは、ボランティアミュージカルを通して
世界の貧困・飢餓・戦争等により混迷を極めている現状を伝え、
地球人の一人として今出来る事を、
思いやり(care)の波(wave)を繋いで行く事を目的に発足しました。
縁あって僕は初演から参加し、今ではスタッフに名を連ねております。


世界ではなく、この日本で・・・


歴史に残る大災害が起きてしまいました。
これは避けられない現実です。

地球という星から、
日本という国の一部が選ばれてしまいました。

地震、津波・・・そして、いらなかった原発爆発。。。
天災だけならまだしも、天災に端を発した二次災害で、
今も多くの方々の救助、救済が遅れている。

気仙沼の市民ミュージカル団体『うを座』の子供達は
CARE-WAVE AIDに毎公演出演してくれています。

その気仙沼を包んでしまった地震の日の夜の大火災は・・・

皆さんの記憶にも衝撃と共に残っている事と思います。

僕の人生に於いても、忘れる事のない非情な光景として
脳裏に焼き付けられました。

俳優のする事は演技ですが、
演技には『真』『誠』が無ければならない。

そしてNPO法人CARE WAVEの一員としても、
歌って踊って演技して伝える。ことも大事な活動だけど、
事この状況に至っては、少なくとも今はそんな場合じゃない。
世界の惨状を伝える前に、日本の被災地、被災者に出来る事しましょう!

理事長と話しをして、この日、救援隊を送る事に決まりました。

関東以北の太平洋岸は同等に大きな被害を受け、
壊滅状態の町が幾つも生まれてしまいましたが、
先ずは縁のある気仙沼に行く事に決めました。

何が出来るか、何をしたら良いのか、何をしたら迷惑なのか、
何が必要なのか、何が喜ばれるのか・・・

この様な経験の無い僕には皆目見当もつかない、ただ、
『出来る事をする。迷惑をかけない。』
を胸に、救援隊の準備が・・・

この日から、始まりました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3月19日(金)

CARE-WAVE関係者に、理事長からの一斉メールで
気仙沼救援隊の知らせを出しました。

続々と支援物資の提供メール、義援金の申し出、必要な物資の問い合わせ等を
いただきました。

『あぁ、皆この状況に出来る事をしたい。協力したい。って思ってるんだ。』

改めて「人」の優しさと人を思う気持ちの素晴らしさを感じました。

救援隊に参加し同行したいと手を挙げてくれる勇者がいて、
救援隊に託したいと多くの物資を届けてくれる人がいて、
その物資を集める場所に、部屋を提供してくれる人がいて、
物資を運ぶのに車を貸してくれる人がいて、
マイクロバスを出してくれる同行者がいて、
薬局でバイトしている人は薬局の方々の協力まで得て
薬品、オムツ、マスク等大量に用意してくれて、
舞台本番中の方は出演者に掛け合って物資を集めてくれて、
それぞれの物資を取りに行ってくれる人がいて、
所属する事務所で物資を用意してくれる人がいて、

多くの人が一つの思いで動くと、こんなに早く、
こんなに沢山の必要な物が集まる。

人のココロの温かさと、何とか役に立ちたい!助けたい!
という思いの結集はこんなにもエネルギーを生むのか!

と、感激しながら準備を始めました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


3月20日(土)

中学校の同級生と、地元の浜田山で美味しい中華を食べていたら・・・

『あれっ?ドラえもんの絵をメチャメチャ上手く描く、まっちゃん?』

浜田山小学校の時の同級生と思しきおっちゃんが、はす向かいでご飯を食べていた。

『まっちゃん?』思わず声をかけると、『おーっ!カイリじゃん!』
『やっぱまっちゃんかー!久しぶりー!』

偶然の再会に食事の手も止まり、周囲の迷惑も顧みずしばしの立ち話。
気持ちは小学生。端から見れば中年のおっちゃん2人。

『カイリ最近何やってんの?』
『来週、気仙沼に物資届けてくる。』
『えっ!そうなんだ。これ少ないけど・・・』


といって5000円を差し出してきた。

『これくらいしか出来ないけど何かの役に立てて!』

聞けばまっちゃんもボランティア活動をしているらしい。
大金持ちでもないだろうに・・・

それでも、躊躇なく差し出されたそのまっちゃんの「思い」は、
素直に受け取るべきと感じた。

「お金」に込められた「思い」

久々の、偶然の再会で、友情とココロの温かさを感じた。

『必ず有効に使うよ。ちゃんと届けてくるから!』

そう約束して、有り難く「まっちゃんの思い」を預かった。

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3月21日(月)

物資搬送の為の車を貸して下さる加藤事務所さんから、
お貸しいただく車両の車検証コピーがFAXされてきた!

高速道路で支援物資を搬送する為に欠かせないのが緊急車両通行証。
必要書類を揃えて武蔵野警察署へ向かった。

警察に行くのはどうも気が引ける。。。
理由は無いが、どうも進んで行きたくはない所だ。

しかし、今回の大震災は日本中の問題。
しかも地震、津波に加えて原発事故と震災が重なっている。
自衛隊を始め、警察、各自治体、各市町村までが
災害支援の為に多くの人力を注いでいる。

だからだろうか、警察の担当の方はとても親切で、
緊急に物資を届けてくれる事を喜んでくれているかの様でした。
『どうぞ、呉々も気をつけて行って来て下さい。よろしくお願いします。』
警察の方からこの様な言葉をかけられるなんて思ってもいなかったので、
何だか虚をつかれた。

仕事も職種も年齢も何も無い・・・
日本人が日本人を思う事に変わりはない。
警察の人が少し好きになりました。

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3月22日(火)

この日は久々に仕事で銀座のスタジオ。
3、11の地震以降、車に乗るのを控えていましたが、
仕事の帰り、20時までに段ボール3箱の物資を
受け取りに行かなければならなかったので、
少ないガソリンを気にしながらも車で移動しました。

ラジオCMの録りだったので原稿量もTVより多く、
録りの後の「待ち」もいつもより長かったです。

それでもナレーターの方が僕を含めて3人いたので、
もっぱら震災の話しと原発の今後の心配の話しをしていました。
特に原発に関しては差し迫った恐怖もあるし、
TVに出てくる専門家と言われる方々はそれぞれに微妙に内容が違うし、
皆それぞれの持つ情報を交換し、それでも出来る事はして行こう!と、
ここでもこの国の未来を憂い、思いを形にしようとしている人がいました。


時計は18時を過ぎていました。


こういう時に限って・・・僕のナレーション部分だけ一カ所直しが入ってしまう。
ブースに入り、『上手くいってくれっ!』と願いながら数回・・・読んだ。


『OK!いただきました。お疲れ様でした!』

時間は18時45分。
物資を取りに行く三軒茶屋までは道が空いていれば間に合うけど、
渋滞していたらギリギリな時間。
急いで出て行こうとすると、残ってくれていたナレーターの村田博美さんが、

『これ、少ないですけど何かのお役に立てて下さい。』

といって1万円を差し出して下さった。

『私は被災地まで行けないので、せめてこれだけでも。』

その気持ちが、思いが嬉しかった。まっちゃんの時と同じ。

みんな何かしたいんだ。したいけど仕方がわからない。
ならば目の前にいるあなたに託します。
と言われている様に感じました。

『責任もってしっかり届けます。ありがとうございます。』

その気持ちを預かり、車に乗り込みました。

何故か、何度も目頭が熱くなりました。


20時ギリギリ手前、薬局到着。

carewave出演者の妹尾理映子さんがアルバイトしている縁で、
薬局のパートさん達も協力して大量の医薬品、介護用品、赤ちゃん用品等を、
お金を出し合って購入し用意してくれた大きな段ボール3箱。
僕もその薬局で大人用オムツ36枚。買いました。
(被災地にはトイレも無い可能性があるので、自分達の分として)

積み込んだ物資は、集積所に自宅を提供してくれた
同じくcarewave出演者の平木寛子さんの自宅に搬送。

「引っ越して広いから大丈夫っす!」と言ってくれたのです。

確かに広い・・・

まだ、大丈夫そうでした。。。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3月23日(水)

この日も昼からスタジオ入りでした。

深夜に帰宅しても、情報収集、諸連絡がたくさんあり、
すぐには眠れない数日。
『仕事に支障を出しては元も子もない!』
と自覚して望んだ今回の救援活動ではあり、
精神は気合いで持って行けても、肉体は嘘をつけない。

日本企業の高度な技術で作られたマイクは、
しゃべる側の微妙な声帯の振れと息の流れまでも繊細に受け取る。
そして「声」も繊細であり、ほんの少しの環境の変化・体調の変化にも左右される。

それでも『生』で生きる人間の『生』の声だ!
これが今日現在の成田浬の生きた声だ!

と思って精一杯努めて来ました。


仕事も無い。
仕事場も流された。
家も流された。
住む所も無い。
着替えも、
食事も無い。
何より、
さっきまで一緒だった・・・

家族がいない。


今、この瞬間にも関東以北の太平洋岸には多くの人が肩を寄り添って、
寒さに震え、空腹に耐え、悲しみに埋没しそうになり、それでも・・・

生きている。

そう思うと、東京での怖いモノなんてなんも無くなるんですね。


そして、

この現場でも、同じ事務所で同い年のナレーターと久々に再会しました。
風間勇刀さん。
彼はプライベートでレーサーをやっている。

明日、気仙沼に向かう事と足りないものの話しをしていた。

実は今回の物資搬送で大きな問題になっている一つは、ガソリン不足。
ボランティアで東京から被災地入りする車両は、食事やトイレ、宿泊場所と同じく
現地のガソリンスタンドを利用する訳には絶対いかない。
つまり、東京を出発する時点で、自分達の車両の為の最大限のガソリンを
積んで行かなければならないのです。
東京でもスタンドが大渋滞で、ガソリンが不足している状態でした。

ガソリンに関しては、いつも僕が利用している自宅隣のスタンドが
『携行缶さえ用意してもらえれば、優先で満タンにしますよ!』
と言ってくれていた。感謝である。
ただ・・・携行缶がどこにも無い。
都内を探しても売り切れで無くなっていました。

「みんなガソリンを余分に取っておきたいんだな」

確かに、近所の土建屋さんもガソリン不足で現場に行けない。
と嘆いておられた。

carewaveでは、気仙沼とも縁深いが、理事長の出身地でもある徳島県とも
お付き合いさせていただいている。携行缶の事をお伝えした所、早速三人の方が購入し、
70L分もの携行缶を、僕の自宅に送ってくれていた。
まさしく日本中が協力してくれている。感謝に堪えない。


それでも・・・まだ足りない。


気仙沼までは600km.
ガソリンは1Lあたり7km.
満タンで60L.
片道行くだけでも満タンに補充が必要なのです。
緊急車両登録が済んでいたので、高速での補充は出来るだろう。
と思ってはいましたが、確証はどこにも無い状況でした。

そんな時、前述の風間さんが・・

『ガソリンの携行缶もあるし、石油ストーブもあるから!今夜渡すよ!』

聞けば自宅は僕の家から直線1キロ程。
深夜になってしまったが快く携行缶を貸してくれ、
石油ストーブは物資として提供してくれた。
「寒さに震える皆がこれで少しでも温まれる。」

『こんくらいしか協力出来ないけど、役に立って良かった!』

本当に嬉しい言葉でした。
みんな素晴らしいと思いました。

頑張ろうと思いました。

ありがとうございます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3月24日(木)

前夜にお借りしたバンで、午前中は物資を受け取りに出発。
carewaveに出演している松村達冬さんの事務所「アイかんぱにー」さん。
伺うと新井さんが待ってくれていた。

「東京都に提供しようと思っていましたが手続きが色々あって・・・
そんな時、carewaveさんの事を聞いたのでちょうど良かったです。」

男性・女性の下着を段ボール3箱分。

本当に、皆さんそれぞれに考えて提供下さる物資は
どれもこれも必要なものばかり。

早速積み込んで集積所(平木さん宅)に向かった。

平木さんの部屋は、この2日間で物資は何倍にも増えていました。

そこへcarewave事務局の柳沢千恵子さんが大量の生鮮食料品を
ステーションワゴンの後ろいっぱいに積んで登場。

果たしてバンに積みきれるのか・・・?

最後に物資を持参しに来てくれた竹内さやかさん
千恵子さん、寛子さん、
気仙沼に同行する楢原潤也君、中村元紀君と一緒に
積み込み作業は予定通りに、バンの屋根の上まで利用して、
ブルーシートならぬ、ピンクシートで覆うところまで、
無事に完了。出発。

途中、上馬交差点で同乗するcarewaveの伊藤由佳さんを
ピックアップし横浜へ向かいました。

横浜では、市が尾中学校の校長平川理恵さんのお声掛けで、
市が尾中学校・東市が尾小学校・荏田西小学校総勢2000名の生徒さんからの
支援物資の提供がありました。
これらは到底バンに乗り切るはずも無く、
都築学園グループ理事の都築明寿香さんから、
横浜薬科大学のマイクロバス・大型バスの提供をいただき
なんとか膨大な量の物資を積み込む事が出来ました。
carewaveの出演者、前田織里奈さんも自家用車でかけつけてくれて、
平木さんの部屋に納まりきらなかった分も積み込めました!

そしていよいよ、気仙沼へ向けて出発しました。

実は我々バンは・・・

平木さんの部屋の玄関に・・・
積み忘れの段ボール3箱があるのを平木さんからの連絡で発覚し、
急遽東京へとんぼ返り。

2台のバスとは東北自動車道の蓮田SAで待ち合わせて合流しました。
早めの食事休憩を取り、那須高原SAで給油。

福島県、宮城県の300キロは休憩無しで走りました。

バスの2台は宮城県の長者原SAで朝まで休息。

我々バンは、途中、仙台で高速を降り、carewaveスタッフで
仙台に避難されておられる志田さんのマンションへ立ち寄りました。

志田さんのお宅は気仙沼で津波に襲われました。
地震の際、お母様は仙台にいました。
息子さんは大学で神奈川に、高校生の娘さんは高台の学校に避難していたそうです。
お父様は病院の院長さんですが、病院で地震、津波、火災と・・・
続け様に被害に遭われました。

地震の日の夜・・・

TV で気仙沼の大火災を見た時には・・・

『もう、誰がどうなってるかわからない。。。最悪だ。。。』

としか思えませんでした。
twitterで息子さんから
『お父様の所在がわからない、恐らく病院にいるが、あの火災で安否がわからない。』

との事だったので、何度も何度も、繰り返し繰り返しツイートしました。

『志田整形外科に数人の人が取り残されています!!!』

そのかい合ってかどうかは定かではないですが、
2日後にTVでヘリコプターが救助している志田整形外科が映った際には、
心の底から「ホッ」としました。
それでもお父様が救助されている映像を見た訳ではありませんでした。
お父様の安否はその後2日経ってわかりました。
救助されてからすぐ、避難されている膨大な方々を
診察、治療なさっていて、携帯も繋がらず、
家族に連絡出来なかったそうです。


志田さんの避難されている仙台には、
夜中の12時という、後で考えれば大変失礼な時間に行ってしまいました。
帰路の途中で立ち寄る予定だったのですが、少しでも早い方が
良いのでは・・・と失礼を顧みず伺ってしまい、
飼い犬のカノンが、震災の恐怖からなのか度々吠え、
隣で就寝中のおじいさまの睡眠を妨げてしまいました。

夜中に行ってしまった自分を反省しました。

それでも、ご無事なお母様と娘さんのお顔が見れて、
本当に良かったです。


その後、長者原SAへ向かいましたがSAのガソリンが切れている。
『その先の前沢SAならまだある様です。』と、東京で高速状況を
調べてくれていた前田織里奈さんから情報をいただき、
前沢SAへ向かいました。
長者原SAから前沢SAまでは60キロ程。
たいした距離ではないのですが、
ここまで500キロ、7時間運転して来た上でしたので
疲労と睡魔との葛藤がありました。
それでも被災された方々の事を思うと、屁でもありませんでした。
無事に前沢SAに到着し、燃料を満タンにし、
数十台の消防車、救急車、自衛隊車に囲まれ、
3時間程・・・車中で眠る事が出来ました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3月25日(金)

朝の8時半に一関駅で秋田から入って来たcarewaveの理事長、鎌田さんと合流。
一時間程で気仙沼の小野寺さん宅に到着しました。
途中、車中からの情景では、地震の影響は殆ど感じられませんでした。

10時には、避難されている「うを座」の面々と親御さんが続々と集まり、
一緒に舞台に立った子供達の顔を見て

『良かった。。。無事だった。。。』

安堵しました。

それでも、この子達の中には親御さんや親類の安否が判らず、
家が流された子もいる。

命があった安堵感と、この先の難儀を考えると、
本当に震災の及ぼした影響は大きすぎる。

気仙沼で気仙沼の人と会い、あらためて震災の恐怖を感じました。

挨拶を終え、皆で協力し、全ての物資を荷下ろししました。


鎌田さんの仕切りで、
・まずは集まって下さった方々に必要量

その後、
・子供達の施設
・老人ホーム3カ所
・物資分配拠点として、うを座の方の2件のお宅

計6カ所に物資を分ける為、全員で全ての段ボールを開け、
中身を確認し、分配作業が始りました。

分配しながら、まとまった物資は所定施設に配送。

午後早々には日も陰り、東北の寒さが感じられる様になりました。

本当に寒かった。

16時には全ての分配・配送も終わり、本格的な寒さの前に
終われた事にホッとしました。

皆さん大変喜んで下さり、無事に届ける事が出来、本当に良かった!
と感じました。

『温かいもの食べてな!』

物資。
この苦境を頑張って乗り越える気持ち。
笑顔。
横浜の子供達から気仙沼の子供達へのメッセージ。

色々なモノを運び、届けられた事の安堵感。

まだまだ被災地の皆さんには、先の見えない・・・
厳しすぎる現実が山の様に広がっています。

恐らく、何年もかかるだろう。
日本を代表する漁師町、気仙沼。

重油タンクの倒壊、
大量の油の海への流出、
原発の放射性物質の海への影響、

先は本当に見えない。

それでもまずは・・・
温かいもの食べて、ゆっくり寝て、
今日を生きて、明日を生きて、
町の仲間と語り、
活力が沸いてくるのを待って、
希望を持って、
立ち上がって欲しい。

その為に必要なものは、出来る限り支援する。

支える。援助する。応援する。


東京に住む我々に出来る事。


今回1度の事では無く、継続した支援、
その時々の必要に応じた支援が不可欠。


とにもかくにも・・・
皆さんの気持ちと物資を届けられた事は『良かった。』
と、心から思いました。



その後、案内していただき・・・
皆さんがニュースで観ている・・・津波被災地に行きました。

津波の被害のあったところと、そうでない所は別世界でした。

道のそっちとこっちで、別世界でした。

津波の押し寄せたところは、本当に・・・



地獄絵図でした。

何もかもがメチャクチャでした。

コンクリートははがれ、
電車の線路はグチャグチャに曲がり、
つぶれた車、曲がって倒れている電柱・・・

言葉では言い表せません。
TVでも何も伝わっていない。
と思いました。


TV や新聞では・・・

『瓦礫の撤去がされておりません。』
『あたり一面、瓦礫の山です。』


と言っているし、実際、他人からすれば瓦礫の山なのかもしれない。

しかし、その瓦礫を一つ一つ見ると、

人形や洋服、家具、アイフォン、ノート・・・

挙げればキリが無いくらいの生活品。

柱、壊れた椅子、テーブル・・・

家族団らんの家財であり、家を支えていた柱。

そこに住んでいた方々にとって、

瓦礫の山の全てが、

かけがえの無い、思い出の品であり、大切な宝物なのでした。



行って・・・

見て・・・

初めて・・・

そう感じました。



そして、恐怖に襲われました。


鼻を突く・・・重油や腐った魚の臭い。
2週間経っても残っている焼け跡の臭い。

扉が開いて倒れている冷蔵庫の中には、
家人が食べるはずの好みの食材が入ったままでした。。。

あらゆる日常品と、海にあるはずの物とが渾然一体と無数に広がり、

地上を被い尽くしていた。


長い年月の間の・・・


ほんの一瞬の猛威。


自然の脅威。



ココロの目に、焼き付きました。



合掌。





続く。。。

kairindian
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by indian_joe714 | 2011-04-01 03:47 | 復興支援 | Trackback | Comments(0)

ご報告ー気仙沼支援物資搬送を終えてー2

前日からの続き・・・



3月26日(土)

寝袋にくるまり車中泊だったが、
前日の寝不足もあってかよく眠れた。

朝7時。

気仙沼の小野寺さん宅から出発し、東京への帰路に。

途中、気仙沼のガソリンスタンド待ちの渋滞を何度も見かけたが、
先日の東京での渋滞の比では無かった。

車が無くては成り立たない、移動手段の無い地方の町。

しかも物流がストップしている。

内陸の町まで行けば、なんとか買える物があったとしても、
そこまで行く手段すら無くなっている。

東京のニュースではライフラインという単語に集約されるが、
その言葉の現実は、文字通り『死』に直結するのだ。

実際、この日、翌日のスタンド営業でガソリンを入れる為に
深夜から列に並んでいた80代のおじいさんが、
ガソリンを使わない為にエンジンを切り、
しかし外は零下の冷え込みの為、
車内に練炭を置いて暖をとっていたら、
そのまま一酸化中毒で・・・
お亡くなりになってしまったらしい。


『次に来る時は車いっぱいに燃料を積んできたい。』

と思ったが、次回来る時までには、復旧している事を願った。



一路、東京へ向かった。

東北道は・・・ひどい強風だった。

ハンドルが何度も強風に取られそうになった。
前を走る車のお尻がグワングワン揺れている。

宮城県、福島県、栃木県、強風は収まる気配すらなかった。

途中、栃木県の那須高原SAで休憩をとった。

天気は晴れ。

しかし、吹雪の様に雪が舞っていた。



『放射能の雪か・・・?』



こんな事を考えなければならない悲しい時代を・・・

俺、生きてるんだな。


『直ちに人体に影響は出ない』とかどうでもいい。


人為的に作り上げ、使用している燃料で、

『死』を感じながら雪を見る。。。



この理不尽な悲しみが耐えられない。



日本人の美学の一つ。


散り行くものの儚さ。。。


桜吹雪。
雪。


そこに放射能吹雪も足さなきゃならなくなってしまった。



15時。東京着。


解散。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕は役者を生業としている。

不謹慎に思われるかもしれませんが、
この度の東日本大震災は、
世界の歴史上に於いても未曾有の大震災です。

それが我が日本で起きてしまいました。
地球に、日本が選ばれてしまいました。
悲しい現実ですが、事実です。

嘆いてばかりはいられません。
未来へ向かわなければなりません。


虚構を通して、人のココロに真実を届ける。
他人のココロに感じ入り、動かす。


この多難な生業を選択した役者は
真実を知る事は不可欠と思います。

興味本位や物見遊山では言語道断だが、

『百聞は一見にしかず』だった。

それは本当に辛い事だが、誰かがしなければならない。

繰り返してはならないから。

そして希望と未来を見いださなくてはなりません。

「使命感」もあるのかもしれません。


[支援、救援に尽力する]

[現実を直視し、次に伝える]


この2点を続けていきたいが・・・

ボランティア活動は非情に難しいと感じました。
しかし、僕は、ボランティア活動をしたいのでは無い。


究極の震災の中で生き延び、命を繋げた人に、
最後まで生き抜いて欲しい。


せっかく生き延びたのに・・・


原発の事故処理に追われ救済活動に専念出来ずにいる
自衛隊や自治体、消防、救急、警察、海外からのレスキュー隊・・・

その為に飢えと寒さで二次的に命を落として行ってしまう方々がいる事を
少しでも食い止めたい。

国家や政治が出来ない状況なら、やるしかない。

ボランティアにはボランティアのルールがあるので、
被災地の方々にご負担、ご迷惑をかける事無く、
お気使いをされる様な事も無く、

不慣れではあるけど学びながら、
継続的に続けていきたいと思っている。


被災地の方々には、

温かいもの食べて、ゆっくり寝て、
今日を生きて、明日を生きて、
町の仲間と語り、
活力が沸いてくるのを待って、
希望を持って、
悲しみを乗り越えて、
立ち上がって欲しい。

焦る事はなくとも少しずつでも復興に向かっていって欲しい!


そしていつか・・・
僕がおじいさんになる前に、
気仙沼の美味しい魚料理が食べたい。



kairindian
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by indian_joe714 | 2011-04-01 03:45 | 復興支援 | Trackback | Comments(0)

届けてきます!

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宮城県気仙沼市に、取り急ぎ一度目の《緊急支援物資》と《一緒に頑張って乗り越える気持ち》を、届けに行って参ります。


自身が名を連ねる【NPO団体CARE-WAVE】は、ミュージカルを通して世界の惨状を伝える活動をしておりますが、これまでの全ての公演に、気仙沼市の子供ミュージカル団体【うを座】の子供達が参加してくれております。

この度の大劇甚震災では、多くの町や村が壊滅的な被害を受けておりますが、前述のご縁から、今回は気仙沼市に行って参ります。


逆にご迷惑等をおかけする事等決して無い様、細心の注意をはらい、出来うる準備をして行って参ります。


それぞれの場所で…
出来ること…
出来る限り…
しよう!


ホッと一息…
幸福のひと時が…
みんなに戻る日まで…


NPO:CARE-WAVE
成田浬

kairindian
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by indian_joe714 | 2011-03-23 20:20 | 復興支援 | Trackback | Comments(5)