Aho Mitakue Oyashin !! Ho oponopono !! Native Yamato -kairindian's blog!!- このブログは成田浬(カイリ)本人が書いています。勝手ながら記事へのコメントは承認制にしております。


by kairindian "indian_joe714"

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kairindian's・・・

2011、3、11・・・
東日本大震災により被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。

また、この震災で失われてしまいました多くの方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。



この未曾有の大震災、並びに終息の見えない福島第一原発事故による多大な被災は、現在の日本・人類・世界への、地球や太陽系からの強烈なメッセージと受け止めております。


先ず、第一に放射性物質拡散に依る二次被害の収束、そして一日も早い東北・東日本の復興を願い、そして地球や太陽系の望む、未来の日本・人類・世界の「真の幸福」のために、役者・ナレーター・講師として、何より人として、微力ながら出来る事をして参る所存です。


2011、5、31
kairindian


『人の都合より自然の摂理を尊重し、地球を母、動物・植物を兄姉と敬い、大いなる神秘との出会いの為に。』


大いなる必然の神秘と出会う旅。。。


みんなが幸福になること。

大切なのは、みんなが幸福になること!

ーkairindianー

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父の帰った南太平洋。。。

父は僕が小学生の時から常々言っていた。

「俺が死んだら骨は太平洋に蒔いてくれ」


TVドラマのロケで南太平洋のトンガ王国に3ヶ月行っていた。僕が小学2年生の時だった。

帰国した父は真っ黒に日焼けし、その後は南太平洋の「海の波」と「空の雲」を描き続けていた。

幼い僕の記憶にも、その時の童心に帰った様に油絵を描き続けていた父の楽しそうな姿は脳裏に焼き付いている。

父は、幼少の頃から「海の波」と「空の雲」には強烈なる思い入れがあった。
父の生命、心を支えていたモノ自体が「海の波」と「空の雲」だった。
そしてそれを描くために絵描きになったのだった。


それから25年。

父は永眠した。

2002年2月26日。

自宅の畳の上で、真っ直ぐに身体を伸ばし、胸の上で両手の平が組まれた姿。

美しい姿だった。



亡くなる1週間前、僕は数ヶ月ぶりに実家に顔を出し、父に聞いていた。

「お父さん、お父さんは太平洋ならどこでもいい。って言うけど、本当はどこがいいの?」

父は

「太平洋ならどこでもいい。海は繋がってる。太平洋を見たらそこにいると思って手を合わせてくれたらそれでいいんだよ。」

僕は

「うん。それはそうだけど、そういうの全部抜きにして、『ここの海がいい』って言うとしたら本心はどこよ?」

父は

「そりゃ、南太平洋だよ。」

僕は

「やっぱなー。」




それが今生の別れになるとは思ってもいなかった。
まさかそれから1週間後に、父がいなくなるとは夢にも思っていなかった。


独り残された母の嘆きが癒えるまで約10年。
ようやく父を太平洋に帰そうと心に決める事が出来た。
とはいっても、親戚の数や旅費、そして年老いた母のことを考えて国内に決めた。

2011年4月上旬。
千葉県の沖合で散骨すべく船をチャーターしていた。


ところが


2011年3月11日。
東日本大震災が発生し、日本列島の東海岸沿岸は北は青森県から南は千葉県まで600kmに及ぶ津波被害。沿岸の船舶はことごとく押し流され、破壊された。
そして福島県の東京電力福島第一原発では1号機3号機4号機が連続水素爆発。2号機にも穴があく。
放射性物質は風に運ばれ各地に飛散拡大した。そして、太平洋に蒔き散らかされた。。。


父を帰そうと思った矢先に、日本近海の海は放射性物質に汚染されてしまった。

「こんな海には父を帰すわけにはいかない」

そう思った。


甚大な被害をもたらした震災は、僕を留まらせてはくれなかった。
ボランティアで被災地に行ったり、放射能の情報を得たり、めまぐるしく3ヶ月程経過した。

7月から8月にかけて初めてMt.Shastaへ行った僕は、父の事をたくさん思った。

そして決めた。


「1番の本望だった南太平洋に帰そう」


帰国し、母に決心を伝え、準備を始めた。




2012年2月26日。他界して10年後の父の命日。

母と二人。

オーストラリア 、ケアンズからヘリコプターで30分ほど飛んだ。

南太平洋グレートバリアリーフの珊瑚礁で出来た無人島。

干潮時に姿を現し、満潮時には海の中へ消える小さな島。サンディーケイ。


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快晴とは言えなかったが、晴れていた。
透き通ったエメラルドグリーンの海があった。
父の好きなたくさんの雲があった。


その美しい南太平洋の海に、空の下に、父を帰した。


「お父さん、南太平洋の海だよ。」



僕は嬉しかった。
母も喜んでいた。


そして何より、父が喜んで海に帰って行く姿を感じる事が出来た。



2013年2月26日

昨年、母と共に訪れたこの海に、今年は僕一人で挨拶に来た。


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エメラルドグリーンの海に潜ると...


ウミガメの親子が、僕を待っていた。。。

そうとしか思えなかった。

15分程、ウミガメ親子と共に潜り、その姿に父と自分の姿を重ねていた。


昨年は生まれて初めての母と二人の海外、
そしてオーストラリアの美しく素晴らしい海と空、

父のお陰で、素敵な世界と出会わせてもらった。

永眠し、旅立ち、天上の人となっても、僕は父に見守られている。


ありがとう。お父さん。

僕は、お父さんとお母さんの子供に生まれて、本当に良かったと思っています。

本当にありがとう。


またいつか、どこかで会おう!!

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by indian_joe714 | 2013-03-15 02:24 | 大切な人達… | Trackback | Comments(0)
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