Aho Mitakue Oyashin !! Ho oponopono !! Native Yamato -kairindian's blog!!- このブログは成田浬(カイリ)本人が書いています。勝手ながら記事へのコメントは承認制にしております。


by kairindian "indian_joe714"

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kairindian's・・・

2011、3、11・・・
東日本大震災により被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。

また、この震災で失われてしまいました多くの方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。



この未曾有の大震災、並びに終息の見えない福島第一原発事故による多大な被災は、現在の日本・人類・世界への、地球や太陽系からの強烈なメッセージと受け止めております。


先ず、第一に放射性物質拡散に依る二次被害の収束、そして一日も早い東北・東日本の復興を願い、そして地球や太陽系の望む、未来の日本・人類・世界の「真の幸福」のために、役者・ナレーター・講師として、何より人として、微力ながら出来る事をして参る所存です。


2011、5、31
kairindian


『人の都合より自然の摂理を尊重し、地球を母、動物・植物を兄姉と敬い、大いなる神秘との出会いの為に。』


大いなる必然の神秘と出会う旅。。。


みんなが幸福になること。

大切なのは、みんなが幸福になること!

ーkairindianー

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三たび・・・【気仙沼復興支援】を終えてー5月2・3日ー

5月2日(月)

いよいよ出発の日だ。


これまでは基本CAREメンバーでの活動だったが、
今回は参加希望者を募っての活動。
僕の役者仲間も参加する事になった。


劇団:津田記念日で共演した宇賀神さんとその奥さん。
劇団:演劇倶楽部「座」で一緒だった庭山さん。


3人を午前10時、蒲田で愛車ハリノ助にピックアップし、
横浜の鶴見・・・CAREスタッフ松岡さんの知人、片岡さん宅へ。


ここで加藤事務所さんのバンも合流。

電子レンジ・掃除機・冷蔵庫・ヒーター等の電化製品を物資提供くださり、その積み込み。



積み込み後、横浜の青葉台中学校へ移動。

青葉台中学校では生徒会の生徒が中心となり、
衣料品・靴を大きな段ボール35個に集めてくれていた。

皆でリレー。
バンの天井の荷台に積み込み、ピンクシートで被い、ロープで縛る。
生徒達・先生達は完了を最後まで見届けてくれた。

最後に生徒会長から、気仙沼の子供達への手紙を受け取った。


子供達のキラキラした、強い眼光、願いの込められた手紙。


『思いと物資、ちゃんと届けてきます!』


固く約束し、青葉台中学校を後にし・・・気仙沼へ向けて出発した。

(お昼休みの時間だったので、みんなお昼のご飯を後回しにして待ってくれていた・・・。
みんなちゃんとご飯食べれてかなぁ・・・)


そんな事思いながら、東名高速〜首都高速〜東北道・・・


何だか、この道にも慣れてきた。



昨年は東北道で福島県白河市に何度となく通った。映画の撮影だった。

映画の事、白河の事、おいしい食事の事・・・
楽しく共演者と話しながら、冗談言いながら通った、思い出深い東北道。

今年はその同じ東北道だが、白河市を越え・・・
宮城県気仙沼市へ向かっている、もうこれで3度目だ。



東日本大震災の支援物資搬送・復興活動の為に・・・

こんな風になるなんて、想像してなかった。。。


『必ず近いうちに白河に来る。』


そう思いながら、東北道を走った。




目的地近く。道に迷った。

先に到着し、群馬から生鮮野菜を届けてくれていた
松原さん・亀井さんが車で迎えにきてくれた。


22時、目的地に到着した。



今回の気仙沼では・・・

車中泊は無い。

CARE理事長とうを座さんの方々の関係もあり、
男性陣13名には自治会館、女性陣13名にはうを座のお母様の自宅離れの部屋が用意されていた。

自治会館にはストーブもある。キッチンもある・・・もちろんトイレも・・・。
車も10台程は余裕で駐車可能。。。


『ボランティアで入って・・・こんなに恵まれてしまって・・・いいのか・・・』


この疑問は出発前から抱き、理事長とも散々話したのだが、
こうして到着し、改めて目の前に「温かい部屋」を見ると・・・


やはり、恵まれている。

「遠足に来た訳じゃない。」

と思った。


しかし、今回は人数も多い。
実際、食事・寝場所・トイレ等の準備はそれだけでも困難である。

映画のロケなら、先発の制作部が食事、宿泊場所、トイレを確保し、準備しなければならない。
それほどの人数での、団体行動である。

しかもこれまでより長い、中3日間の滞在で体調管理も必須。
万一体調を崩し、病院に行かなければならない状況等が生まれたら、
それはそれで、迷惑がかかってしまう。



『この恵まれた環境に感謝します。
その分、明日からの復興活動を精一杯努めます。』


心に刻んだ。


こうして昨日まで他人だった26人の、共同生活が始まった。



軽くミーティング。
明日の朝は6時30分起床。
僕は5人で大島へフェリーで渡る事になった。

長距離移動で疲れている。
25時を過ぎたあたり、就寝時間になった。

それぞれ、思い思いの場所で寝袋に潜っていった。。。



僕はまだ寝れない。

実は、今日は後発組もあった。
26時半現在、長者原SAだとCAREスタッフ伊藤さんから連絡が入る。
どうも渋滞が激しい様で、SAも満車との事。


『このまま気仙沼入ります。到着は4時半位になっちゃいそう・・・』

『呉々も気をつけて下さい。わかり難く道に迷うので、何かあったら電話下さい。』


時計を見ると午前3時前。

よし!1時間半寝れる!


すぐ寝た。




すぐ携帯が鳴った!




伊藤さんが到着したとの電話。
時間は・・・午前5時前。


『あぁ・・・寝てたんだ。』


到着組を寝れるスペースに案内し、少しの睡眠を促し・・・



また30分程・・・



寝た。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

5月3日(火)


起きた!

朝6時半。


アニョハセヨ〜


眠い。。。が、スッキリしている。

毎回そうだが、ある種の緊張感に包まれているのだろう。


松原さんが用意下さったオニルギン(おにぎり)ほおばって。

各チームに分かれ出発準備にかかる。

津波でドロドロになった着物を洗濯する組。
同じく食器や家財道具を洗う組。
ヘドロの掻き出し組。
そして僕ら5人は、フェリーで大島へ渡り、群馬からの生鮮野菜を届ける。


フェリーは広島県江田島市が提供してくれたカーフェリーである。
4月27日、一ヶ月半ぶりに就航したばかり・・・。


大島からは買い出しの方々が・・・
大島へは物資を届ける人々が・・・


それでも乗客半分くらいだろうか、乗り込み、大島へ向けて出港した。


湾の海上から見る気仙沼は、惨状を一様に見せつける。

真っ黒に焦げ落ちた船。
沿岸には潰れて壊れた重油タンク。
(この重油タンクから漏れ出た油が・・・あの日、気仙沼を炎で包んだのだ。。。)
海鳥達が無数に飛び、沿岸では何かを突ついている。
海上にはいくつもの「瓦礫島」が出来ている。
(この海底には・・・あらゆるものが沈んでいるのだろう・・・)
流され、水に浸かったままの家屋。



しかし不思議なのは・・・

所々に見える木々「小さな森」とでも言おうか、その脇に立っている家々は・・・
海抜2〜3mに立っている様にも見えるのだが、一見、まったくの無傷に見える。
もちろん流されていない。元立っていた場所に、立っている様に見えた。


「なんでだろう・・・」


津波は20mとも30mとも言われている。
なのに・・・なんで・・・


(自然の猛威から守ってくれるのは、やはり自然なのだろうか・・・)


そんな風に思った。



15分程だろうか・・・

大島が近ついてきた。


「やはり・・・」


気仙沼市内より人が足りていないのは一目瞭然だった。

全くの手つかずの場所が多い。



下船し、目的地の公民館へ向かった。

道中、島をそのまま乗り越えていったと思える程の、津波の被害を横目に見ながら。。。


公民館近くに数人の少年がいた。


「公民館はどこか知ってる?」


聞いてみると、久々に聞く子供の元気な声!


「あそこーっ!」


あまりの元気のよさに、車中の空気は一気にほころんだ。



子供は・・・いい。



公民館には自衛隊車が多く止まっていた。
挨拶し、物資集積先の小学校を教えてもらう。

出発しようとすると、人が大勢出てきて空を見上げている。
手に手に携帯カメラを携えて・・・

その方向を見てみると・・・


横真一文字の虹!


b0139547_17152494.jpg



(なんじゃこりゃ)


見たことの無い、不思議な虹。


(きっと良い知らせ、吉兆に違いない!)



そう思い、乗車し、目と鼻の先にある小学校へ移動した。



小学校では地方からのボランティアの方々が仕切り、
物資の仕分け作業をしていた。

背中にはー阿南市ーの文字。

徳島県からの方々だった。



昨年、やはりCARE-WAVEのワークショップをしに徳島県へ行ったが、
その開催地が阿南市だったのを思い出した。

(あんな遠くから・・・この大島でボランティアをしにきている。)


日本人の素晴らしさ・・・

日本人の他者を思うココロ・・・

日本人の派手ではないが、心のこもった行動力・・・



感動し、感激した。



物資の仕分けは予想以上に苦労した。
それでも皆で協力し、帰りのフェリーに間に合う様に無事に終えた。


お昼にコンビニオニルギンをほおばっていると、
またまた虹が出た。

今度のは太陽を丸く囲む様に・・・

まるで日輪の輪の様だった。


(大島での不思議な虹の連発!きっと素敵に復興する!)


そうは思ったのだが、誰かが・・・

「この虹って、たしかあんまよくないんだよなぁ」

(キーッ!ソンナコトイワナクテイイジャン!)


心配もあったのでtwitterで疑問をなげかけてみた。


早速返事が来る。twitterってすごい!

確かに、気象学的には天候の急な変化等の前兆の意味もある様だ。


でも・・・

『虹は神の祝福です。天から気が出ています。気仙沼の神の祝福を祈るといいです。
先程の横真一文字と並べると、「旦」になります。旦の意味を調べてみるといいです。』

という返事もいただいた。


旦の意味は・・・夜明け・はじまり・誕生だった。


(俺はこれを信じよう。)



仕分け中、一人の女性が僕らの所へやってきて、そのまま離れようとしなかった。

自分でも言っていたが、彼女は精神的な病いにかかっている様だった。

何かというと絡んでくる。
そしてケラケラと屈託なく笑う。

「昔、新宿でホステスしてたんだー」
「お兄さん、いっつも新宿でなにしてんのー?すけべ〜!」

と言われた。

「買い物したり、映画みたりしてるんだよ!」

って答えたのに・・・。



僕らが帰る時・・・

淋しそうに見えた。




体育館では避難生活を送っている大勢の方々が目に入った。

空気が重かった。。。

(少しでも早く、軽くなって欲しい。)

そう思った。



港へ戻り、フェリーを待つ間、少し歩いた。

ネコが・・・固まっていた。



満潮になり、港には海水が上がってきた。

地盤沈下が激しい。


フェリーに乗り、大島から離れた。

気仙沼市内も冠水が始まっていた。。。



宿泊所に戻り、夕食の前に、近所の銭湯に行く事になった。

避難生活をしている方々も利用する銭湯だった。


芋洗い状態だったが、風呂の力は偉大だ。

身もココロもスッキリする。



銭湯のとなりには大きな建物があり、その前には警察車両が2台停まっていた。

建物のガラス面は全てブルーシートで覆われている。

(えっ・・・)

入り口付近には立て看板があった。


[ 行方不明者届出所 ]


その大きな建物は、遺体安置所になっていたのだ。

いったい・・・どれ程の方々が眠っていて、見つかっていないのか・・・


東京のTVでは単に「何万人」という数字で言われるが・・・

こういう事は情報ではなく、一人一人に「思いの籠った」ものだ。



情報だけで知った気になる、恐ろしさを感じた。




宿舎に戻ると・・・


松原さん手作りの『豚汁』が待っていた!


「やったー!」


味も。温度も。そして愛情も。


美味しくいただき、明日への活力が沸いた。


「食」は本当に大事なもの。


心底実感した。




お酒好きな方々は・・・

その後、疲れを癒す為に?飲みの世界に入っていった。



前夜寝ていない僕は・・・


失礼と感じながらも・・・


お先に眠らせていただいた。。。


あっ!という間だった。




続く・・・

kairindian
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by indian_joe714 | 2011-05-10 17:29 | 復興支援 | Trackback | Comments(0)
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